こんにちは、久家です。
本末転倒という言葉がありますが、この言葉の本当の意味をご存知ですか?
本とは「本学」。例としては、原理原則、基本、基礎、といったものが挙げられます。
末とは「末学」。こちらの例は、ノウハウ、テクニック、戦術といったものが挙げられます。
本末転倒とは
本学と末学が逆になっている
ということです。
原理原則を無視してノウハウばかりを求める。
基本を疎かにしてテクニックに走る。
よくよく考えてみると、世の中はこんなものばかり溢れているし、求められているように感じます。YouTubeやSNSの情報って本末転倒なものばかりですよね。
しかし、どんな分野であれ結果を出している人たちは、こういう価値観は持っておらず、誰よりも基礎(=本学)を大事にしている人たちです。
そこで今回は
「基礎を習得すること」について
考えてみたいと思います。
守・破・離
「守・破・離」というものがあります。
茶道や武道などの修行のプロセスを3段階で表したもので、
守:基本や型を身につける段階
破:既存の型を破り発展させる段階
離:基本や応用から離れ、
独創的かつ個性を発揮する段階
を指すと言われています。
皆さんは仕事や趣味などご自身の日常の中で、この「守・破・離」を意識したことがありますか?
以前、落語家の立川談春と芸人の千原ジュニアの対談をYouTubeで観ていたのですが、その対談の中で立川談春が“基礎”についてこのように語っていました。
基礎を習得する時に、個性が入り込む余地は絶対にない
基礎というのは誰でも習得できるし、特別な才能がないと習得できないものは基礎にはなり得ない。しかし、人生の半分を使ってもおかしくないくらい簡単には習得できないもの。だから自分の個性だの魅力だの考えず「とにかくやれ!」って言っていました。
個性や魅力を主張する前に
これって落語という伝統芸能の厳しい世界だからではなく、どんな事にでも言える事ではないでしょうか。
仕事でも、スポーツでも、料理でも、どんなものでも「基礎が大事」なのはみんな知っていますが、本当に大事にしている人ってどれくらいいるのでしょう?
一流のスポーツ選手ほど基礎をとても大事にするのは有名な話。練習の大半を基礎練習に費やしています。
一流になればなるほど、とんでもないレベルで基礎を大事にしているんだと思います。
一方、今の時代は何かと「自分らしさ」が大事な価値観になっていますが、これは先ほどの立川談春の話で言うと「個性」とか「魅力」に当たるものです。「基礎を習得する時に個性が入り込む余地は絶対にない」と彼は言っているし、「守・破・離」の離の意味をもう一度思い出してください。
基本や応用から離れ、独創的かつ個性を発揮する段階
離の段階にきてはじめて「個性」を発揮できるのです。
果たして世の中で「自分らしさ」を主張している人のうち、どれほどの人が「守・破・離」の離の段階にきているのでしょう?
基礎ができていない人に限って守・破をすっ飛ばして「個性」だの「魅力」だの過度に主張しているように感じます。
ちなみに、あらゆる人間の活動の基礎は健康な体であり、健康な体の基礎はもう皆さんもご存知の通り「睡眠」「運動」「食事」で作られます。
皆さんは日常の中でこれらをどれくらい大事にしていますか?
時間がないと言って睡眠時間を削り…
スマホを見る時間はあるのに、体を動かす時間を作ろうともせず…
好きなものばかり食べている…
健康になりたいと言いつつ、こんな生活をしてはいませんか?
もしあなたが何か体の不調にお悩みであるなら、「睡眠」「運動」「食事」どれか一つで構いません。
あれこれ考えずとことん取り組んでみてはどうでしょう?
「特別なことをするために、特別なことをするのではない。特別なことをするために、普段通りの当たり前のことをする」
これはイチローの言葉です。
普段通りの当たり前の事(=基礎)を丁寧に積み重ねていくことで、当たり前の基準が上がり…、それが個性になり…、その結果特別なことができるようになるんだと僕は思います。
自分の人生を特別なものにするために、まずはその基礎である健康な体を作っていきましょう!
今回も最後まで読んで頂きありがとうございました。
久家